犬のふり日記

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「勉強の哲学」レビュー

 

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 

 

勉強の哲学。なんか偶然書店で見つけて、タイトルがカッコよかったからなんとなく手に取った一冊。そんなかる~い気持ちで読み始めたのだけど、なかなか難しい本でした。

おそらく自分がバカなだけなんだけど笑

ところで、この本は「バカ」っていう本来だったらマイナスイメージな言葉を肯定的に捉えているのです。

 

この本の中には、「書く技術」を紹介している箇所があって、(確か最終章の末尾のほうです)それによると「はじめからうまい文章を書こうとしないことが重要」らしいです。そして、「書きながら考える」ことが大切である、つまり「考えを煮詰めてからとか、良いアイデアができてから書くのではなく、考えやアイデアを出そうと思って書くうちに、いい感じの文章が書けるようになる」といってました。

なので、この書評も一応文章なわけだし、特にプランも立てず、考えながら書いていきたいと思います…

 

 

そもそも人はなんで勉強するのか

 

小学校から算数とか国語とかはじまって、高校まで受験のためにいろんな勉強をする。そういう勉強は自分から「やるぜ~」という気にならないとなかなか続かない。仕方なくやるとか、周りから言われてやる勉強っていうのはつまらない。でも本来勉強は、実はそういう受験のための勉強とは全く違くて、一言でいうと、「自分を変える(変身させる)勉強」。そんな勉強をするためにはどうすればいいのか。

 

 現代はとにかく情報が多すぎィ…

 

確かに現代を生きる我々は、様々な情報に囲まれております。ネットをみればYouTube が毎秒アップロードされていて、Twitterは1分間で40万以上ツイートされてる。今の日本人が1日に受け取る情報量は江戸時代に生きた人の一年分とか、一生分だとか言われてるらしい。

 

そんな情報の海の中では、自分が受け取る情報を有限化する必要がある。

 

周りからの見えない圧力。普通は「こうするもんだ」

 

だれでもどこかの集団に属している。そういうカゴテリー内では同調圧力(周りのノリに乗りきれない人は排除するような無言の圧力)が強い。普段わたしたちは生活していく中で、暗黙のルールというか、普通は「こうするべき」みたいな考えに無意識的なレベルで乗っ取られているのではないだろうか。

 

そういった大多数の人が持ってるルールは一面では正しいかもしれない。でも、自分で確かめたわけではなく、周りのひとが囃し立てていたり、メディアで煽られてたりして、そう思い込まされている可能性もある。まずは、周りのそういった「普通はこうです」というノリを客観視して、外に出ることで「自分を変身させる勉強」が始まるかもしれない。

 

どうやってノリの外に出るか

 

じゃあどうやったら、周りの環境のノリから脱して自由になれるか。それはズバリ「言語」を使えばいいということになる。

 

言語には言葉の組み合わせによって、目の前の現実を変える力がある。

 

言語は普段の生活でも会話の中で使っているし、こうやってブログの文章を書くのにも使っている。でも言語っていうのは、

 

ああああああああうああいいいああいうあああ

うぼぼぼぼへへへへへへ

 

こんな感じで、いくらでも好きなように自分で改変できる。普通にブログを書いている途中で、

 

おっぺけぺー

 

とか言うことができる。

また「丸い四角形」だとか「リンゴはクジラです」のように現実ではあり得ないことも言語では言うことができる。

 

 これは言語が現実に根ざしつつ、同時に現実から切り離して使える(言語=自由である)ことの証明になる。

 

たとえば、「わたしは絶対に起業する」というふうに言ったり紙に書いて、それが自分の意識下で「本当に起業がしたい」と思ったら、その瞬間から起業するという現実に向けてアクションが取れる。

あるいは「貧困のない社会をつくる」という文字列は、それを旗印にして社会運動がはじまるきっかけを創り出す。

 

つまり、言葉を使うだけで目の前の現実を変えることができるということです。(ことばってスゴイなって思いました…)